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京成成田空港線に乗ってきました・JR成田線に完乗しました [旅行・鉄道]

成田空港線は京成高砂から成田空港までの路線です。1970年代に成田新幹線が沿線などの反対運動で建設できなくなり、1980年代から代替路線の計画が立てられました。しかし完成したのはやっと2010年になってからでした。

運行は京成電鉄がおこなっていますが、線路の所有者は以下のようになっています。
  • 京成上野ー京成高砂:京成電鉄
  • 京成高砂ー小室:北総鉄道
  • 小室ー印旛日本医大:千葉ニュータウン鉄道
  • 千葉ニュータウンー成田空港:途中まで成田高速鉄道アクセス線。途中から成田空港高速鉄道線。

さて、今回はスカイライナーを使います。上野から発車です。

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車両はすいていましたが、さすがに外国人が多くいました。

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発車してからかなりの時間、ゆっくりした運転が続きます。特に京成線内はカーブが多いですし、北総鉄道に入ってからも各駅停車が走っていますからそうやたらにスピードは出せないのでしょう。しかし、あまりにもノロノロ運転が続くので、これで本当に43分で成田まで着くのだろうか?と疑問に思いました。

ところが印旛日本医大を出るとめちゃくちゃ飛ばし始めました。いくら標準広軌とはいえ、ちょっと怖いくらいです。果たして、時間通りに成田空港に到着しました。

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一昨年から成田空港に入る際の検問が廃止されました(私は以前航空無線を聴くために無線機を持って空港に行こうとして足止めを食ったことがあります)。空港で昼食を取ったあと、帰りはJRに乗ることにしました。これでJRの成田空港ー成田間に乗れました。成田エクスプレスです。

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成田のショッピング街の向こうにお寺の一部が見えています。

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東京に戻りました。成田エクスプレスも特急「しおさい」に比べるとスピードが出ているような感じがしました。

成田関連はまだ芝山鉄道が残っています。千葉県内の鉄道を制覇するにはまだまだ掛かりそうです。

銚子電鉄に乗ってきました [旅行・鉄道]

前回銚子に行って乗れなかった銚子電鉄に乗りました。

時間の都合がありますので東京からしおさいを使いました。ガラガラで、自由席でも問題なかったと思います。

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圏央道の下を通ります(日向ー成東)。

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銚子に着きました。銚子電鉄の乗り場はホームの先端です。私は休日おでかけパスしか持っていなかったので、いったん駅の改札で精算し、銚子電鉄の乗車券を買いました。

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車両は2000系。もとは井の頭線で使われていたものです。伊予鉄道を経てここに来ました。

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運賃箱がありましたが使われておらず、車掌さんが車内改札に飛び回っていました。

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発車しましたが立ち客はいません。あきらかに鉄ヲタと思われる人が何人もいます。住宅地の中を進んでいきます。

ある駅の様子。

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20分で終点の外川です。やはり写真を撮っている人がいます。

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この車両は現在は使われていないようですが、自由に中に入れるようになっていました。

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正面から見たところです。

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外川の駅前にはめぼしいものがありませんでした。おそらく少し歩けばいろいろなものがあるはずなのですが。今回は来た列車でそのまま銚子まで戻りました。

銚子から成田経由千葉行きに乗ります。

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松岸ー成田間に乗りました。あと、成田線は成田ー成田空港間に乗れば完乗となります。今回はこのまま千葉まで行きます。

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千葉から総武線快速で東京まで戻りました。

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銚子電鉄は銚子まで行ってしまえば手軽に乗ることができます。途中の犬吠で降りて犬吠埼までぶらぶら行ってもいいですし、見どころは色々あります。ただ東京から行くとなると一日潰れてしまいます。まあこれは仕方ないですね。

総選挙本来ました [AKB48グループ]

今年の総選挙本の良いところは写真です。表紙やはじめのほうではなく、「一般層のランクインしそうなメンバー」の部分です。特に昨年のめる、みお、まいちゃんあたりは酷かったですから。

本の問題点ももちろんあります。

まず表紙選抜。しーちゃんやみおりんが入っていることを見ると、真剣に考えたものでないことは明らかです。前回圏外がなぜ選抜入りできるのか?圏外ということは組織力が弱い。組織力を強くするのが1年程度でできるわけがありません。また、あかりんやなこちゃんを入れているがどうか?私だったらこの部分はじゅり、かおたん、かとれな、こじまこを入れます。

それと本の後ろの方で著名人が予想をしていますが、春風亭小朝と岩本輝雄以外はじゅりを入れていません。劇場公演や握手会に行けばじゅり人気がいかにすごいかというのは身を持って知ることができるのです。じゅりを入れていない人は認識不足と言わざるを得ません。紅白選抜に引きずられてはいけません。じゅりのファンは意外におじさんが多いはずですから、お金をかけてきます。

なお、私の考えは、なぁちゃんが選抜に入るならじゅりは当然入る、ということです。

流鉄流山線に乗ってきました(近藤勇陣屋跡に行ってきました) [旅行・鉄道]

流山線を経営する会社は流山電鉄などと呼ばれた時期が長かったのですが、現在は流鉄といいます。

1916年に営業運転を開始しています。明治初期に当時の日本鉄道海岸線(現在の常磐線)が流山を通る計画でしたが、流山の人々は水運が衰退するとの理由で鉄道建設に反対しました。そのため流山は発展から取り残されてしまい、主に町民の出資で馬橋と流山を結ぶ軽便鉄道を建設することになりました。これが流山線のおこりです。

ただ、流山の住民が当初鉄道に反対したという説には異論もあり、海岸線が当初川口方面に伸びる予定だったのが、国から直接東京に乗り入れるよう命令されて流山を通らないことになったという話もあります。しかしつくばエクスプレスは流山を通りながら北千住に入っているわけですから、現代よりも障害物が少ない当時にできないことはないわけで、この反論は疑わしいといえます。

さて、さっそく馬橋から乗ることにします。2両編成の電車で、オレンジ色の「流星」です。

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乗り込んだときはこんな感じでした。

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次の幸谷で乗客が乗り込んできました。立ち客が出るほどではありませんでしたが。幸谷が新松戸との事実上の乗換駅になっているせいかも知れません。

途中小金城趾で上下の待ち合わせがありましたが、5駅5.7km、わずか12分で終点の流山に到着です。

駅前は小さな広場があるだけです。近くに市役所はありますが、商店街などは見当たりません。

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駅から250mぐらいの地点、住宅地の中に近藤勇の陣屋跡がありました。特に建物などが残っているわけではありませんが、地元の歴史ボランティアのおじさんたちが立っていて、説明はいかがですかと声をかけてくれます。

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まあ、わざわざこのようなマイナーな場所に来る人はそれなりに勉強している人でしょうから、そこまでしてもらわなくても、とは思います。

流山駅に戻りました。説明の碑があることに気づきました。流鉄は総武流山電鉄と名乗っていた時期があります。

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ホームに入りました。誰もいません。これは「あかぎ」です。

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車庫に見えるのは「なの花」と「若葉」かもしれません。

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帰りに乗るのは「流馬」です。

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100周年の表示がありました。

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流鉄には伸延計画がありました。最終的には馬橋から千葉県の中山(市川市)へ、そして流山から野田、関宿、三和、小山へ、という予定だったそうです。昭和前半までは各地にこのような鉄道網の計画がありました。いすみ鉄道(木原線)と久留里線、小湊鉄道などはその代表格です。

こんにち流山にはつくばエクスプレスという東京直結鉄道ができています。流山の交通網はある程度目的を達したようにも見えますが、流鉄は地域の足としてまだまだ活躍できるように思います。

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