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AKB48 峯岸チームK「最終ベルが鳴る」公演 シニアの方 限定公演に行ってきました [AKB48グループ]

さて、武蔵境から東京に戻って食事をし、秋葉原AKB48劇場に向かいました。天気が良くないせいもありますが、夕方になり少しずつ暗くなっていました。

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17:00から「最終ベルが鳴る」公演(シニア限定)です。いろいろなチームが演じています。つい最近までHKTチームKIVも行っていました。

メンバーは以下のとおりでした。

  • 相笠萌
  • 阿部マリア
  • 市川愛美
  • 島田晴香
  • 下口ひなな
  • 鈴木まりや
  • 田野優花
  • 中田ちさと
  • 藤田奈那
  • 武藤十夢
  • 茂木忍
  • 湯本亜美
  • 後藤萌咲
  • 村山彩希
  • 久保怜音
  • 野村奈央


そして、セットリストは以下のようでした。

  1. マンモス
  2. 最終ベルが鳴る
  3. ボーイフレンドの作り方
  4. 偉い人になりたくない
  5. リターンマッチ
  6. 初恋泥棒
  7. ごめんね ジュエル
  8. おしべとめしべと夜の蝶々
  9. 22人姉妹の歌
  10. Stand up
  11. Coolgirl
  12. 回遊魚のキャパシティ
  13. 会いに行こう
  14. アンコール
  15. シャムネコ
  16. メロスの道
  17. LOVE TRIP(武藤十夢センター)


今回は知っているメンバーが多かったので楽しめました。しまだ・たのちゃん・とむ・もぎちゃん・もえきゅん・ゆいりーなどに注目しました。

ダンスが上手だったのはもえきゅんでした。動きが大きくて元気がよいのです。いっぽう、同じ「上手」でも丁寧でなめらかなダンスだったのはなぁなでした。やはりバレエをやっていたためでしょうか。なぁなはスタイルもいいですね。

MCはやはりしまだととむでしょう。もぎちゃんも喋らせれば面白いと思いましたが、今回は見せ場があまりなかったようです。

ゆいりーは何度も観ていますが、性格がサバサバしているかどうかは劇場公演からはよくわかりませんでした。まあ、なぁちゃんがそう言っているので間違いないんでしょうけどね。

全体的には調和が取れていて、とてもよい公演だったと思いました。最後の「LOVE TRIP」も元気いっぱいで良かったです。

今回は立ち見でした。それはべつに構わないのですが、最後列のお立ち台に立ったところ、隣の人が体重が豊かでなおかつ足踏みでリズムを取る人(しかもそのリズムが曲とズレている)でした。このため足元が揺れて、たいへん危なく感じました。お立ち台ではそのようなことは禁止にするのが良いと感じました。

秋葉原駅から帰りました。

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近藤勇の生家跡と墓を見てきました・西武多摩川線に乗ってきました [旅行・鉄道]

西武多摩川線は武蔵境と是政を結ぶ、わずか8km、6駅の単線鉄道です。

首都圏にしてはガラガラの電車に乗って、多磨に到着しました。

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駅の中にこのような掲示がありました。

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駅の出口は上り側のホームにあります。ここから線路を横切る人見街道を東に歩きます。

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しかしここは結構細い通りで、なおかつ歩道も細くなっており、歩行者がすれ違うときは体を横にしなければなりません。

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800mほど歩くと近藤勇の生家跡にたどり着きます。通り沿いで、民家の庭先にあるような形です。

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産湯の井戸です。

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隣に小さな祠があります。

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さらに250mほど歩くと、龍源寺にたどり着きます。寺の前には天然理心流の碑がありました。

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本堂の左側を通って裏に回ると、右側にすぐ近藤勇の墓がありました。この前でしばし合掌して冥福を祈りました。

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一族の墓です。

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右から2つ目が近藤勇の墓になります。

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真ん中は甥の近藤勇五郎の墓です。

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辞世の漢詩。

孤軍 援け絶えて俘囚となる 顧みて君恩を思へば 涙更に流る
一片の丹衷 能(よ)く節に殉ず 雎陽(すいよう)は千古是れ吾が儔
他に靡き今日復た何をか言はん 義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所
快く受けん電光三尺の剣 只に一死をもって君恩に報いん

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その脇に千羽鶴がありました。

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寺をあとにして元の道を帰るとき、道路の反対側を歩いていたところ、發雲館がありました。

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近藤勇はなぜ幕府側に付いたのか?そう考えたのは、彼の住んでいた場所は甲州街道に近く、いろいろな情報が入ってくるような場所であったからです。近くに府中宿、布田五宿があります。

彼の生家である宮川家は純然たる農民でした(裕福ではあったようです)。しかし思想的な影響は、剣道関係者から受けたのではないかと考えます。ひょっとしたら養父の近藤周助の影響もあったかもしれません。

もうひとつは妻のつねです。つねは御三卿である清水徳川家家臣・松井八十五郎の娘です。それで徳川家を守ろうとしたのではないか。彼は愛妻家であったと言われています。まあ、いずれも推測にすぎないのですが。

ただ残念なのは、勇は「妻はブスなほうが貞淑である」という意味の発言をしていることです。そのいっぽう妾を何人も持っていました。「セックスを家に持ち込まないが、家庭は守りたい」という、現代でもよくあるタイプの人だったのでしょう。

話が逸れました。さて、多磨駅からふたたび西武多摩川線に乗り、終点の是政まで行きました。やはり電車はがらがらでした。

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