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DAVID BOWIE is デヴィッド・ボウイ大回顧展に行ってきました [音楽]

現在、寺田倉庫G1ビルで行われています。

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当日券で入れるかどうかわからないので、前売り券を買っておきました。

デヴィッド・ボウイ(1947-2016)はイングランドのロック・アーティストです。次々にいろいろな要素を取り入れて自分の音楽スタイルを変化させていった類まれな才能の持ち主です。あまりにも偉大なので私がここでごちゃごちゃ言っても意味がないでしょう。

会場は非常に多くの品物やビデオが陳列されていて、ボウイを深く知っていないと味わい尽くすことは無理です。

観客の年齢層は30代から60代といったところです。中年夫婦が目立ちました。

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Jeff Beck コンサートに行ってきました [音楽]

本日、パシフィコ横浜の国立大ホールで行われました。今回のメンバーは以下のとおりです。

  • Jeff Beck (G)
  • Jonathan Joseph (Ds)
  • Carmen Vandenberg (G)
  • Rhonda Smith (B)
  • Rosie Bones (Vo)
  • Jimmy Hall (Vo)

そして、セットリストは以下のようでした。

  1. The Revolution Will Be Televised
  2. Freeway Jam
  3. Lonnie on the Move (Lonnie Mack cover)
  4. Live in the Dark
  5. Thugs Club
  6. You Know You Know (Mahavishnu Orchestra cover)
  7. Morning Dew (Bonnie Dobson cover)
  8. A Change Is Gonna Come (Sam Cooke cover)
  9. Big Block
  10. Cause We’ve Ended as Lovers (Syreeta cover)
  11. O.I.L. (Can’t Get Enough of That Sticky)
  12. The Ballad of the Jersey Wives
  13. Scared for the Children
  14. Beck’s Bolero
  15. Little Brown Bird (Muddy Waters cover)
  16. Rollin’ and Tumblin' (Hambone Willie Newbern cover)
  17. Superstition (Stevie Wonder cover)
  18. Right Now
    アンコール
  19. Going Down (Moloch cover)
  20. A Day in the Life

今回は「Vandenberg と Bones のユニットに Beck が入った」と見る向きもあるようですが、コンサートはちゃんと Beck 中心という雰囲気で進みました。

Beck はもう72歳ですが、若い時とプレイは全く変わりません。驚くべきことです。私が高校生の頃、ギターの腕に自信がある人は一度は Beck のコピーを試みたと思います。それにしても、ギターを使いこなすということにおいてはこの人の右に出る者はいないでしょう。

もはや18番と言える「Cause We've Ended as Lovers」はあいかわらず素晴らしいものでしたし、「Superstition」や「A Day in the Life」も名演奏でした。

ベースの Rhonda Smith はインパクトのあるプレイをしてくれました。Tal Wilkenfeld がジャズ的であるのに対して、Smith は超迫力のロックという感じです。

Rosie Bones の声は素晴らしかったですね。独特の声質ですが、伸びやかに、しかも力強く歌っていました。

写真撮影が可能でした。しかしステージから遠いのでボケボケです。

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コンサートはおよそ2時間でしたが、大満足でした。

SEASIDE JAZZ FESTIVAL '16 を観てきました [音楽]

お台場に行く前にまず秋葉原に立ち寄り、らしんばんで買い物をしました。

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きょうは月曜なのでホコ天はなし。車は少ないのでやったらいいのにと思いますけれど。

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時間が余ったので新橋に行きました。私が「新橋にある大学に通っていました」と言うと「あんなところに大学があるんですか!?」と驚く人がけっこういます。サラリーマンの町として有名なので、大学があると思わない人が多いのでしょう。

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ゆりかもめに乗るために烏森口の東側に行くと「鉄道唱歌の碑」がありました。これを見たのは初めてです。汐留再開発のときにできたのでしょうか。

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ゆりかもめで青海に行きました。J地区が会場です。

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16:00開場とのことでしたが、しばらく待たされ、ゲートを入ってもまたさらに待たされました。かなりの人数で、最終的に4,000人ほどになったようです。冷たい風が吹いて、かなり寒く感じてきました。

客層はおそらく女性が8割以上。そんなにフュージョンが好きな人が多いのかな?と思いました。この理由はいま考えてもわかりません。いかにもジャズが好き、というような金持ちそうなおばさんが多くいたのは事実です。しかし今回演奏されるのはおばさん層が好む古典的なジャズとは違います。

17:00時少し前にFM放送でパーソナリティーをやっているらしい男女2人がMCを始めました。それはいいのですが、男性がこんなことを言い始めました。

「みなさんよくおいでくださいました。あれ?前のほうが空いてますね。せっかくですから、後ろの皆様、どうぞ前の方にいらしてください。」

前の方の席は「SS席」で18,000円。その後ろが「S席」で15,000円。一番後ろが「A席」で12,000円です。もちろんすべて指定席。客はそのような違いを納得してチケットを買っているはずです。ところがこのMCの発言につられて、後ろの客たちがどんどん前の方に座ってしまいました。食べ物を買うために席を外していたSS席の人が自分の席を取られていてしまいうろうろしているのも見えました。非常に問題だと思いましたが、このMCは脳天気なのか、何も考えていないふうに見えました。

さて、18時から演奏が始まりました。最初は前座の女性歌手と男性歌手が1曲ずつ歌いました。男性歌手のためにペンライトを持っていた女性客を発見。ジャズコンサートでなんとも奇妙な光景でした。

その次に Nathan East Band。1時間ほどの演奏で、途中1曲だけ Sumi Jo が歌いました。

それが終わると Sumi Jo がオーケストラをバックに歌い始めました。まずミュージカルの曲。それが何曲か続いたあと、クラシックの曲になりました。しかし私は最近はクラシックから全く遠ざかっているため、曲名はわかりませんでした。Sumi Jo はさすがにうまく、一流の歌声でした。

そのあと最後にやっと Fourplay です。今回は Chuck Loeb の代わりに Larry Carltonです。私は Fourplay の中では Harvey Mason と Bob James が好きですが、今回は Larry Carlton を堪能しました。やはり彼のギタープレイは流麗で、世界最高峰だと感じました。

終わる頃には体が冷え切ってしまったので私は足早に青海駅に向かいました。野外コンサートには寒すぎたと思います。春のたかみなラストコンサートも寒かったですが、それ以上の冷え込みでした。

明日はまた仕事です。東京から新幹線で帰りました。

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後藤泉のベートーヴェン交響曲第6番「田園」 [音楽]

 これは素晴らしい買い物をしました。

 amazonのページ

 私は今までいろいろなオーケストラの「田園」を聴いてきましたが、どれもしっくりきませんでした。とにかくテンポが速過ぎる。田園のイメージじゃないだろ、と突っ込みを入れたくなるものばかりでした。
 しかしこの後藤泉の「田園」は違いました。リスト編曲によるピアノ曲、という面はありますが、「田園」の演奏はこうあるべき、というお手本です。世界中のすべてのオーケストラ指揮者に聴いてほしい名盤だと思いました。特にゆったりとした第一章と第二章が秀逸です。日本からこういうアーティストが出たことは素晴らしいことです。
 ただ、彼女の年齢がわかりません。私より確実に下だとはおもいますが、どこを探しても生年月日が出てきません。ネットを探しても生年月日が出てくるのはもうひとりの「後藤泉」だけでした。

音程の感覚 [音楽]

 クラシック音楽の声楽家よりポピュラー音楽の歌手のほうが優れている点が少なくともひとつだけあります。それは、音程の感覚です。
 声楽家は平均律で歌います。これはおもにピアノを伴奏にしてトレーニングを受けているためです。いっぽうポピュラー音楽の歌手は必ずしてもそうでないため、音程の感覚が鋭い人が多いのです。要するに純正律に近い音程で歌っているのです。
 たとえば、下の楽譜のような二つの音があった場合、下のA音(ラ)を440.000Hzとした場合、その上のC#音(ド#)は純正律だと550.000Hzであるのに対して、平均律だと554.365Hzになり、少なくとも4.000Hzの差が出ます。これだと本来の音に対して4Hzのビートが出ることになり、汚い感じになります。
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 純正律における基音と長三度上の音との周波数比は4:5です。
         ( = 1:1.250000)
 これに対して平均律では1:{(2の12乗根)の4乗}になります。
         ( = 1:1.259921)
 和音の響きは、構成する音の周波数比が簡単であればあるほど綺麗ですから、1:1.259921などは論外である、とも言えます。平均律はこの汚さを妥協して我慢しているのです。
 DAW(digital audio workstation)による音楽ではソフトが音程を補正してくれるのでこのあたりのことを気にしないで済みます。

 「素人が純正律と平均律の違いなんてわかるの?」
と思う専門家がいるかもしれませんが、これはギターのチューニングをしたことがある人なら必ず悩む問題です。また、DAWでは違いがはっきり自覚できます。

レクイエム2014 [音楽]

 1年3か月ぶりの自作曲です。曲名に意味はありません。適当。

 http://takekakkon.atso-net.jp/music/requiem.html

カラオケのために練習している曲 [音楽]

 いま自宅のiTunesに入っているのはこのとおり。
 ざっと見てみると、55歳のおじさんが練習する曲じゃありませんね。
 でも、いちばん最初のは若い人は知らないでしょう。

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 以前から歌っていたのは松任谷由実、井上陽水、尾崎亜美。ここ数年はMISIA、渡哲也、美空ひばりなども。岩男潤子や金月真美なんかも好きですがカラオケには曲数がありません。外国曲は David Bowie が良いのですが Black Tie White Noise の収録曲などはありませんし。あとは James Ingram、John Denver、The Beatles。John Denver は高校の頃ものすごく流行りました。

 人間は十代後半から二十代前半に楽しんだものをそのあとも好むので、カラオケで人が歌うのを聴いているとだいたいの年齢層がわかります。ただ、私は新しい歌をどんどん覚えたいという欲求があるので、すこし他人と違うのかもしれません。

 「鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの」は日本一長いタイトルの歌かと思っていたら、メジャーでは BEGIN の「それでも暮らしは続くから 全てを 今 忘れてしまう為には 全てを 今 知っている事が条件で 僕にはとても無理だから 一つづつ忘れて行く為に 愛する人達と手を取り 分けあって せめて思い出さないように 暮らしを続けていくのです」が最長らしいですね。インディーズにはもっと長いのがあるそうですが。

音楽の分類は無意味 [音楽]

 現在のAKBの楽曲を支持する理由として、ある人が「昔の歌謡曲のようで良い」と書いていました。私はこれを読んで違和感を感じました。「歌謡曲とは言えないだろ!」と。そして「この人は私よりずっと若いのではないか?」と推測しました。事実その通りでした。
 私(1960年生まれ)にとって「歌謡曲」と聞いて思い浮かべるのは、五木ひろし、小柳ルミ子、和田アキ子、森進一あたりです。いずれも私が小学生の頃に全盛だった人たちです(失礼)。しかし、上の表現は、前後の文からすると「花の82年組」あたりの世代による楽曲を「歌謡曲」と言っていることは明らかでした。私から見ればこのあたりは「アイドルソング」というジャンルになります。
 このように「歌謡曲」という単語をひとつとってみても、ひとりひとりが認識するものはちがいますので、もっと別な言い方をしたほうが適切であると感じました。
 しかし、それ以前に、音楽を分類すること自体に余り意味はありません。どんな音楽でも受ける感動は同じですから。

バレバレ節の情報が載っていない [音楽]

 「僕たちは戦わない Type D」はCD、DVDとも
    僕たちは戦わない
    バレバレ節
    君の第二章
の3曲が入っていますが、解説の紙にはバレバレ節ではなく Summer Side の出演者が書いてあります。おそらく誤りだと思います。歌詞は正しくバレバレ節のほうが載っています。

jazzの語源 [音楽]

 多くの英和辞典、英英辞典を調べても、jazzという単語の語源は載っていません。コンゴの現地語かもしれないという記述が見つかりましたが、あくまで「そういうウワサもある」という程度のことのようです。
 私が二十歳前ぐらい(1980年よりすこし前)に見たある音楽雑誌には、以下のような記述がありました。正確には覚えていませんが、こんな感じでした。

 ペリーの一行が日本に来た際、江戸では庶民たちが楽器で即興演奏をおこない、歌っていた。歌は幕府の政策を批判する内容で、かれら(演奏者たち)はこれを「邪頭」(じゃず)と呼んでいた。米国でも黒人たちが同じように即興演奏で自分たちの不満を表現していたため、一行は米国に帰ってから黒人たちのその音楽をjazzと呼ぶようになった。

 荒唐無稽な説です。絶対にないとは言えませんが、たぶん作り話でしょう。多くの英英辞書では20世紀に入ってから使われはじめたとのことで、時期的にズレがあります。